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2007年3月31日 (土)

奥底から湧き上がる何か。

Dsc02215 今日は長くなるかもしれません、はい。知人を尋ねて、写真を見せていただきました。その写真には、やはり少なからず感ずるところがあり、あるいは多くの刺激を受けることが出来たわけです。またその知人の考え方や言葉にも、いろいろ感ずることはあったのです。……でも、僕はまたしても上手く僕の想いやら感覚やらを、示すことは出来ませんでした。

 どうやら僕は、そういう自分自身の感覚に基づく思考や思想なんかを、大っぴらに特定の他者に伝えられるようになるには時間がかかる人間なようです。よく考えてみれば素直に分かり合うまで、ある友人は2年ちょっとかかったし、またある友人は3年半はかかった気がします。時にはその時間軸を無視して、無理くりその間を飛び越えることもありますが、えてしてその場合は結果として、何か間違ってしまった空気が取り巻くのです。……今日の知人に、自分が思うような事柄を出来うる限り真摯に正確に話すには、もう少し時間がいるようです。勿論、現段階における最大限の真摯さでもって、言葉は紡いでいるのですが、絶対量が少ない。そして質も低い。申し訳ない気持ちがあります。

 それでも、今日の知人に関しては、僕はそれなりに深い想いを持っているつもりです。僕の人生の幾つかの側面に影響を与えてくれているし、それが必然か偶然かはどうでもよいけれど、僕自身がそれを望み、幸せを享受しているのは確かなことです。……僕が知人にそういう類の何かを与えているとは、あんまり思えないけれど。それでもとにかく、僕は僕自身の言葉を紡げるように、ゆっくりとこのまま少しずつ繋がっていければ良いなぁ、と思っています。そうありたいなぁ、と。……なんか個人的感情すぎる前置きですね(笑)。

 その知人、このブログはたぶん見ていないのではないかと思われますが、写真のタイトルをいろいろ考えていたようで。僕なりの見解を勝手にこの場に示しておこうと思います。意味ないけれど、万が一見ていたらアレですし。えーと、僕としては『境界域』・『ランドマーク』・『シンボライズ』なんかが個人的にはシックリきました。「庭」という存在は社会と家、いわば外界と内界を結ぶ独立した存在でありつつも、けれどどちらにも成り得る柔軟性や良い意味での曖昧さを含んでいます。それは外から見ても、内から見ても。だからこそ僕らは、「庭」に外にある自然の落ち着きを求めると共に、内との調和を同時に求める。その意味において「庭」は特有の範囲を持った外と内との心地良い境界であり、あるいは特有の形を持った外と内との交じり合う象徴ではないか、そんな風に僕は写真を見て感じたわけです。……だから『境界域』とか『ランドマーク』とか『シンボライズ』。いかかでしょうね、ていうかたぶん見てないだろうけれど。いずれ纏まった状態で写真を見たときに、このイメージは伝えましょうかね、いずれにしても。

Dsc02215_1 さて、もはや前置きだかなんだか分からぬ長さですが、本題。きっと画像もお忘れでしょうから同じものをもう一度(笑)。もう読んだ方も多いのではないでしょうか、チャンドラーの名作を村上春樹さんが翻訳した『ロング・グッドバイ』です。そしてその下にあるのは、これまでの翻訳、清水俊二さんの『長いお別れ』。そうですね、要は同じ内容の別訳なわけで。

 大筋はモチロン一緒です。でも、正直作品としてはかなり違います。50年ほど前の清水さんの訳は、当時の事情なんかもあるでしょうが、様々な部分が端折られているし、ある意味において現代的ではないし、結構サッパリした感じです。ところが、村上さんの訳ときたら、これがなんともヤバイ。それが良いことなのか悪いことなのかは判断しかねますが、村上さんの訳には確実に村上さんの空気が纏っています。

 マーロウの言い草ひとつとっても、もしくはセリフでなく状況描写の部分などをとっても、村上節が。シニカルでアイロニーの含んだ面白さ、そして多くの具象。それは明らかに清水さんとは異なるモノです。果たしてどちらが原文に近く、適した訳なのかは英語原文を読んでいない僕としては分かりかねる―清水さんが文章や表現を多少省略しているのは確かとはいえ。村上さんも多少の脚色があるとはいえ。―のですが、どちらも面白いのは間違いありません。……きっとそれが、チャンドラーの巧さなのでしょう。

 それぞれのキャラクターが、たとえほんの僅かな登場とはいえ、それぞれに背景とストーリーがあり、総てのキャラクターが各々の位置で光っています。主人公であっても、脇役であっても変わらぬクオリティを持っています。そして練られた構成。最後の方は若干成り行きがわかってしまう一面はあれど、素晴らしい物語です。どちらの訳も名ミステリーでありましょう。ま、清水さんのほうは昔図書館で読んで以来、今回改めて買って読みましたが。……個人的にはやっぱり村上さん訳が好きですかね(笑)。そりゃ、この訳を読めば村上ファンはそう感じるでしょう。

 「To say goodbye is to die a little.」 僕はギムレットは飲めないけれど、このセリフは味わえる。僕はこれから先どれだけサヨナラを言うだろうと考える。出来うるなら、それは少ないほうがいいかな。サヨナラで学ぶこともあるけれど、やっぱりね。

 それでは。いやー、長いね、前置きがアレですものね。ところで、ちょっと真面目に文章を書こうと思っています。制限付きなので、いささかいつものように気軽には書けないんですけれど、ちょっとだけ。それと幾つかの文章に手を加えます。もう一つのブログのほうでは、近いうちに新しく書く文章―たぶん800文字前後―をそのうち更新します。その前に、詩を一つ更新しますが。どちらも僕の大切なモノ。そして紛れも無く僕固有のモノです。いいっすよ、それなりに。

 本日のカップ:コーヒー。喫茶店のいわゆるベーシックなブレンドコーヒー。でも思ったのは、UCだったりキーコーヒーだったりしても、やはり店によって味が異なるということ。たぶんそれは、コーヒーを淹れる人の心持ちであったり、意志みたいなのが関係してると思うんですよね。あとは、飲む環境とか。今日はかなり良かった。     circus

 

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